本ブログの更新について
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posted by みっちぃ (管理人)
2010年11月23日
人のために生きる
自分のためではなく人のために生きる.いつもそう思うようにしている.でも,そのような生き方に疲れることもある.人のために生きてきたけども,それに対する喜びが得られなければ誰だって疲れてしまうだろう.
そもそも,人のために生きるとはどういうことだろうか.最近思うことは,金銭的な関係が伴う場合,どんなに人のために生きていたとしても,それは万人のためのというよりは,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっているのではないか,ということである.
自分が自営業者であっても,会社の社員であっても,そこにはお客様へ価値を提供し,その見返りを金銭などで受け取るという単純な仕組みがある.企業の下っ端社員であったりすると直接お客様と会う機会がほとんどないため,会社のために働いているような気がしてくることがある.でも了見を広げれば,実際にはお客様へ価値を提供しているからこそ自らの収入に結びついていることを容易に理解できるようになる.つまり,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある組織の上級層の人々のために働いているのではなく,万人のためのに働いているのだということができる.
しかし,格差が広がっていくと事情が変わってくる.格差が広がることにより低所得者の消費が減ってくると,お客様の数が減るだけでなく,お客様に占める高所得者の数が相対的に増えてくる.そうなると,万人のために働いていたつもりが,いつの間にか高所得者だけに価値を提供を提供していたという状況になる.つまり,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっていくのである.
万人のために生きていると思っていたことが,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっている.この現実をどう受け止めればよいのだろうか.低所得者層の人間は生きるだけで精いっぱいなのに,高所得者の人たちは低所得者層の貢献によって豊かな暮らしを送っているのである.昨今の雇用問題にも通じる現実である.
このような現実の中で,高いモチベーションを維持しながら,人のために生き続けることができる人はどのくらいいるのだろうか.家族のために一生懸命に生きるということはもちろんあるのだが,自分が支えるべき家族もなく,友人も愛人もないというような状況だったらどうだろうか.
私には生きる意味さえわからなくなってくる.コンビニでおにぎりを買い,一口頬張るたびに10円,20円・・・と消費していくことに,生きる意味を問い続けている.生きるために働く.人のために生きる.しかし,人のためのといっても,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人のために自分が生きているという現実.この現実に,私は生きている意味を感じることができずにいる.
そもそも,人のために生きるとはどういうことだろうか.最近思うことは,金銭的な関係が伴う場合,どんなに人のために生きていたとしても,それは万人のためのというよりは,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっているのではないか,ということである.
自分が自営業者であっても,会社の社員であっても,そこにはお客様へ価値を提供し,その見返りを金銭などで受け取るという単純な仕組みがある.企業の下っ端社員であったりすると直接お客様と会う機会がほとんどないため,会社のために働いているような気がしてくることがある.でも了見を広げれば,実際にはお客様へ価値を提供しているからこそ自らの収入に結びついていることを容易に理解できるようになる.つまり,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある組織の上級層の人々のために働いているのではなく,万人のためのに働いているのだということができる.
しかし,格差が広がっていくと事情が変わってくる.格差が広がることにより低所得者の消費が減ってくると,お客様の数が減るだけでなく,お客様に占める高所得者の数が相対的に増えてくる.そうなると,万人のために働いていたつもりが,いつの間にか高所得者だけに価値を提供を提供していたという状況になる.つまり,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっていくのである.
万人のために生きていると思っていたことが,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人への貢献になっている.この現実をどう受け止めればよいのだろうか.低所得者層の人間は生きるだけで精いっぱいなのに,高所得者の人たちは低所得者層の貢献によって豊かな暮らしを送っているのである.昨今の雇用問題にも通じる現実である.
このような現実の中で,高いモチベーションを維持しながら,人のために生き続けることができる人はどのくらいいるのだろうか.家族のために一生懸命に生きるということはもちろんあるのだが,自分が支えるべき家族もなく,友人も愛人もないというような状況だったらどうだろうか.
私には生きる意味さえわからなくなってくる.コンビニでおにぎりを買い,一口頬張るたびに10円,20円・・・と消費していくことに,生きる意味を問い続けている.生きるために働く.人のために生きる.しかし,人のためのといっても,能力が高く,経済力があり,権力や影響力のある人のために自分が生きているという現実.この現実に,私は生きている意味を感じることができずにいる.
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