本ブログの更新について

 本ブログの更新は2016年3月31日をもって終了しました.ありがとうございました.
posted by みっちぃ (管理人)

2008年03月15日

博士までの5年間を振り返る 〜大学院への進学編〜

 先月29日の研究科会で,私の学位は無事認定されることになりました.私にとってひとつの夢であった博士(工学)の学位を授かることができます.これまでご支援をいただいた多くの方に深謝させていただきます.ありがとうございました.
 何編かに分けて,大学院生活の5年間を振り返ってみたいと思います.本記事では“大学院への進学”について振り返ってみます.
 修士に進学することを決意したのは,今からちょうど5年前の1月です.当時私は,通信サービス事業の企業でCTO(最高技術責任者 )の直属の部署におりました.ソフトウェア開発技術者として,通信サービスに関わるソフトウェアの開発を中心に仕事をしておりました.
 ほぼ同時期に,私は学部時代の恩師であるN先生を訪ねました.このときにN先生から
あなたがやりたかったことはなんですか?今のまま働いていていいのですか?
と指摘をうけました.
 N先生がこのように指摘するのにはいくつか理由がありました.まず,学部時代に私が大学院への進学を望んでいたことをN先生は憶えていました.学部卒業当時,私は経済的な理由から就職しなければなりませんでした.それから3年が経ったことで,社会人経験を生かした進学を勧めてくださったのでしょう.
 2つ目の理由は,私が通信サービス企業に転職したことを反対されていたためだと思います.私は学部卒業後,独立系SIに就職しました.2年半務めた後,通信サービス企業のCTOからお声かけがあり転職したのです.私が転職した通信サービス企業はADSLを中心にサービス展開しておりました.今となっては一般的なADSL事業ですが,当時はより高速なFTTHに食われて長続きしないと考える人が大方でした(“集計結果 ADSLサービス”でググると当時の状況が何となくわかるかも).N先生も同様に考えていたのでしょう.もっと長期的な視野を持ちなさいとよく叱られました.(しかしその後,グループ持ち株会社が大手テレコムを買収し,さらに携帯電話事業を買収するなんて誰が想像できたでしょうか?)
 このほか,大学院の各課程修了時の年齢や婚期に関わる考慮など,多くの助言を伴いながら進学をお勧めいただきました.当時はN先生のおっしゃること全てが正論に聞こえました.私の気持ちは大学院への進学に傾いていきました.  進学においては国公立系大学への進学を検討していました.3年間の貯金を考慮すると私立ではとても生計維持が困難でした.その旨をN先生に相談すると
国公立系大学いくとやりたい研究ができないよ.私のところ来るなら,私はあと2年しかいないよ.
とおっしゃるのです.「やりたい研究ができない」は,国公立大学の事情を知らない当時の私には正論に聞こえました.今思えば,そんなのは自分のアイディアと先生次第で決まるものです.国公立系大学大学だからやりたい研究ができないというわけではありません.
 また,このようにN先生がおっしゃったかどうかはうろ覚えですが,
本を多く出している先生につきなさい
という旨のご指摘をいただいた事があります.この点も当時の私には正論に聞こえました.当時の私は,大学の研究者がどのように研究活動を進め,どのように成果を公知し,どのように教授へと昇進していくのかを良く理解していませんでした.そういうのは進学後に学ぶものだと思っていました.ですから「本を多く出している先生≒優れた研究者」と理解したのです.
 しかし,この理解は半分あってますが半分間違っていると思います.工学分野で一般的によく言うことは,研究には新規性と有効性が必要だということです.加えて,この2点を裏付ける信頼できるデータや根拠が必要です.研究成果を論文に記したとき,それが論文誌に採録されるにはこの3点がそろってなければなりません.一方,既存の技術解説を主とする教科書のような書籍の執筆には,新規性と有効性が求められることはないと考えられます.すでに有効性が認められた技術だからこそ注目され,すでに新規性が認められているから技術解説のニーズが起こるのです.
 さて,工学の研究者に求められるのは,新規性と有効性あるアイディアを生み出す能力でしょうか.それとも既存技術を解りやすく説明できる表現能力でしょうか.表現能力は確かに必要ですが,この比較の答えは疑うまでもなく前者だと私は考えます.ですから,ある先生が本を多く出されていたとしても教科書のような書籍しかなかったら,その先生が研究者として本当に優れた方であるかどうかは判断できないのです.
 そのようなことを知らない私は,本を多く出している先生をひとつの基準にしながら大学院選びを始めました.IT系は進歩の早い分野ですから,5年ほどの期間で活発に本を出されている先生を探しました.私が当時調べた限りでは,本を多く出されている方々は企業に勤められている場合が多く,大学の先生は意外と少ない状況でした.その中で,自分の研究したい分野に近い人を選ぼうとすると,N先生を含めて数名に絞り込まれたのです.
 このとき,N先生のこの言葉が頭をよぎりました.
私のところ来るなら,私はあと2年しかいないよ.
 N先生は2年後に定年退職なることが決定していました.何らかの成果を残せれば,N先生の最後を飾ることができるのではないかと思いました.また,学部時代の母校に戻って研究することで母校に貢献できるのではないか,それはOBとして喜ばしいことなのではないかと考えました.
 研究環境の面を考えても,なれた環境の方が良いのではないかと思いました.面識ある先生方も多いので研究活動が進めやすいのではないかとも考えました.
 そのようなことから,私は母校の大学院に進学してN先生に師事することにしたのです.それからしばらくは,N先生の指導に疑問を持つことなく研究を進めてまいりました.当時は希望と研究の喜びに浸っていました.その後,苦悩の日々が訪れることを知らずに....

 今回はここまで.続きはトラックバックします.

2008-03-15 18:54 一部修正
posted by みっちぃ (管理人) at 17:32| Comment(1) | TrackBack(1) | 博士(工学)を目指す方へ
この記事へのコメント
をを、めでとう。まだ読んでないけど。
Posted by T.MURACHI at 2008年03月22日 10:52
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/12489642

この記事へのトラックバック

博士までの5年間を振り返る ~1年目の研究編~
Excerpt: 博士の学位を得るまでの5年間を振り返る記事を書いていますが,前回の「大学院への進学編」につづいて今回は1年目の研究について振り返ってみたいと思います.
Weblog: おきらくプログラマー
Tracked: 2008-03-25 12:21