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posted by みっちぃ (管理人)

2014年11月08日

学問も職能も必要

 ちょっと話題になっている「我が国の産業構造と労働市場のパラダイムシフトから見る 高等教育機関の今後の方向性」について。一流大以外は職業訓練に注力すべきだという主張だ。この主張を全否定するつもりはないが、こういった考えが過度に進まないことを祈りたい。というのも、本来の教育のゴールは学問も職能も両方必要だと思うから。
 そもそも、米国などとの比較資料が出ていて、「労働者の能力が低いから生産性が低い」という論調だが、それは間違っていると思う。米国やEU諸国はマニュアル化が上手な国だ。特に米国は多民族国家なので様々なクレームが発生する。個々の事案に対して状況判断で手順を変えたりしていては効率が悪い。いかに手順をマニュアル化して効率を上げるかが、米国で生産性を上げる上で重要なのである。一方で、日本はマニュアル化が下手だと思う。最近の話題で言えば、エボラ疑いの患者にどう対応するかが政府を含め曖昧であったり不十分であったりすることが露呈した。原発事故にしてもそのいい例だ。言い換えれば、一流大学を出たような上層部の有能とされる人たちが、業務に関わる事象を上手に抽象化し、それをマニュアル化できないから生産性が落ちているのだ。それなのに労働者の能力が低いから生産性が低いというなら、それって違うよねって思うのだ。
 もし学業のゴールが職能を身につけることなら、そもそも初等〜中等教育でさえも学問的な教育は不要という事にならないだろうか。計算は全てコンピューターに任せれば数学はなおさら不要だし、歴史だって学ぶ必要はないかもしれない。化学の実験だって不要かも。早く職能を身につけさせて、戦時中のように生産労働に就労させれば良いとでも言うのだろうか。それに、ロボットや知的情報処理技術が進歩したら、冨山氏が指摘するLの世界の「雇用は長期的に増加傾向(労働力不足が深刻化) 」「平均的・汎用的な技能を持つ人材が求められる 」だって根本的に変わってくるだろう。
 そもそも、冨山氏が自ら言うように
筆者が卒業したスタンフォードビジネススクールのMBAプログラムでさえ、その本質は高級職業訓練校(言わば高級簿記学校)に過ぎない!
なのである。つまり同氏の提案は、学問的な教養が必要だということを自ら露呈しているようなものだと思うのである。同氏がもっと学術的に優れた能力を持つ方であれば、もっと創造的で革新的な提案ができるはずだ。
 私はもっと日本的な長所を生かした戦略的成長を目指すべきだと思う。そのような観点に立った時、海外各国と比較してそれよりも劣っているから対策を打つべきだという主張になるだろうか。むしろ日本の強みを世界的な視野で分析してそれを根拠に論ずるべきではないだろうか。その意味で、同氏の論調は他国のやり方を善いとするような偏った観点に基づくものであるという印象を感じてしまうのである。
posted by みっちぃ (管理人) at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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