本ブログの更新について

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posted by みっちぃ (管理人)

2015年06月28日

JR品質にほんと呆れる

 今、宇都宮線小金井止まりの列車の車内で、車掌が「宇都宮方面黒磯行きへの乗り換え時間が短くなっておりますので乗り遅れのないようにお気をつけください」と言っていた。ところが、小金井止まりの列車が小金井駅に到着する前に黒磯行きが発車。駅のホームでは何が起こったか分からず途方にくれる客が。その後駅のアナウンスもないし、当然列車の連絡を待たずに発車してしまったことへの謝罪するようなアナウンスもない。これがJR品質。呆れて言葉も出ない。
posted by みっちぃ (管理人) at 17:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

未来志向の健康管理のあり方は?

 以前,デモシステムを作ったこともあり,PHR(Personal Health Records)やウェアラブルデバイスなどを使った健康管理について多少は興味があるものの,現状では正直言って限定的な普及にとどまるのではないかとみている.その理由の一つはデータの信頼性にかかわるものである.信頼性にもいくつかの観点がある.デバイスのセンサの精度などデバイスの仕様に関するものや正しくセンシングするための装着方法など利用者の使い方に関わるものがある.あるいは,センサの計測値だけでなく,その計測値が得られた時の当人の状態に関する情報も伴わないと,計測値を信頼できるものとして活用できないとする観点もある.さらには,その計測値を得た環境に関する情報も必要だとする観点もある.異常な血圧値が寝起きに計測されたのか,起床後10分後なのかで大きく違うし,気温,湿度,周囲の騒音,日々の仕事のストレス等々,様々な情報を組み合わせなければ,ウェアラブルデバイス等で得られた計測値から,いたって健康なのか,やはり何らかの病気が疑われるのかなど,適切な判断ができないというわけだ.
 これらはIoTの普及で実現できる兆しもある。しかし私の疑問は、人は常にセンシングされていることに対して健康を見出せるのだろうか?という点だ。前述の手法による健康管理のアプローチは、健康ではない状態を検出するために様々なセンサを活用している。言い換えれば健康なときでさえ常時センシングが行われているわけだ。起きてから寝るまで、いや寝ている間も、絶えず止むことなく自身の生体情報が記録され、なおかつその周囲の環境も記録される。何を食べ血糖が上昇し、どんなテレビをみて心拍が急上昇したのかさえ全てがリンクして記録されるのである。そのような生活は、今までのような"センシングのない健康的な生活と同じでる"と、人は認知できるのだろうか?健康とは健康であることを意識していない状態こそが健康ではないか、と思うのである。
 もう一つ疑問に思うのは、これらの情報を含めた上で誰が「あなたは健康です」と言うのだろうか?という点である。システムが自動的に診断するというなら法的、倫理的なハードルが立ちはだかるだろう。あるいは医師が行うのだろうか?例えばスウェーデンのホームドクター制のように各個人の健康を診断する医師を設けるのだろうか?不健康な患者を主な対象にしている今の日本の医療制度において、すでに医師不足、医療費の不足でなど問題が深刻化しているのに、さらに大勢の"健康な人"を毎日のように診るようになったら、それこそ傷口に塩を塗るようなものではないか。
 よく、健康寿命を延ばすことで医療費を削減するという思想を耳にする。そのために日々の健康管理の徹底をということなのだが、上記を踏まえると、単に商機を見いだしたい業界の思惑や活動の幅を広げて一層の収入を得たい医療者側の思惑ではないか、と穿った見方になってしまうのである。そうではないというのであれば、未来志向の健康管理のあり方をもっと現実的で合理的な形で描いて欲しいものである。
posted by みっちぃ (管理人) at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記