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posted by みっちぃ (管理人)

2007年04月17日

プライバシー?

 「違憲違法と差し止め申請 京都の児童生徒ら」って,おまいらが仮処分申請すること自体が,他の学生より目立っているということに気づくべきでないか?そんなに自分のことを知られたくないなら黙ってればいいじゃん.わざわざ目立つところに出てきて,“私を見ないで”って言うほうがおかしい.ん?論点がずれている?んじゃ,もうちょっと話を掘り下げよう.
 俺が言いたいことを書く前に整理することがある.先ず,この仮処分申請が,本当に学生たちが自らによって発起したかどうかという点だ.“親が騒ぎ立てて,そして親が子供の名前を使って申請した(させた)”という見方が自然だろう.それを前提としたとき,(1)親は何のために仮処分申請したかったのか?,(2)親はなぜ子供の名前を使ったのか?などの疑問が涌いてくるのである.
 (1)については,子供のプライバシーを守ることは親としての役目の1つだろうとは思う.“子供のためになることは何でもしたい”という気持ちが原動力となって,このような法的な訴えを起こしたのだろう.それはよく分るのだが,(2)親が子供に仮処分申請させたという点はどう解釈したら良いのだろうか?そもそも,申請した学生が本当にプライバシーを侵害されたと思っているのだろうか.思っていないのに,学生たちは親の言うがままに申請手続きをさせられたのだろう.そう解釈するほうが自然だし,そう意見している人(ブログ)も多い.
 ここで私は(1)との矛盾を感じるのである.子供を思うなら,親が子供の前に立ってあげるべきでないだろうか?特に本件については,社会的な影響が小さくない話題であるので世間の視線も強まるだろう.余計にプライバシーが侵害されやすい状況下になりえるわけで,そんな中であえて子供に仮処分申請を出させるというのは,子供を晒し者にしているようなものだと思うのである.つまり(1)と本件の行為はまったく矛盾することなのである.
 その観点では,学生たちが本当にプライバシーを侵害されたと思っていた場合でも同様に矛盾すると考える.学生たちが自らのプライバシーを守りたかったのなら,子供らしく親に申請を依頼すればよかったはずだ.自分の立場は守れるし,親は親としての責務を果たすことになる.要は子供が親を利用すればよかったのである.それは決して間違ったことじゃない.なぜなら,まだ子供なのだから.
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